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昭和シリーズを始めました。

世界最大の湖・カスピ海の中はどうなっている? #3

カスピ海の北部は南部と大きく異なります。

 

というのは、北部は浅く、ロシアの大河ボルガ川が流れ込んでいるため、塩分濃度が低く、冬には凍り付きます。

 

住んでいる魚も淡水魚のコイやナマズなどです。

 

下の写真のように岩に付いているコケも淡水性の物です。

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コイの一種

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コイ科の一種

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世界最大の湖・カスピ海の中はどうなっている? #2

私はずっと前から海から遠く離れた塩水湖カスピ海にどんな生物がいるのだろうと思っていました。

 

カスピ海には魚類だけでなくヘビやザリガニもいます。

 

カスピ海にヘビが住んでいるなんて意外です。

このヘビは沖縄などにいるウミヘビではなく、陸地にいるヘビと同じ種類です。

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塩分濃度は海より低いですが、クラゲもいます。

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オレンジ色のきれいなザリガニもいました。

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世界最大の湖・カスピ海の中はどうなっている? #1

カスピ海は世界最大の湖ですが、その水は淡水でなく塩水です。

というのも、元は海の一部として黒海とつながっていたそうです。

さらに、大陸の奥にあるアラル海 (今は大部分が干上がっている) ともつながっていたそうです。

大陸の奥にある湖が元は海の一部で、現在の環境も海に近いというのは興味をそそられます。

そんなカスピ海の中がどうなっているかが、YouTube の動画にあったので紹介します。

 

カスピ海は、旧ソ連諸国に囲まれているので、動画はロシア語で検索しないとなかなか見つかりません。

 

ロシア語でカスピ海Каспийское море と言います。読み方ですが、「カスピスカヤモーレ」と読むようです。

 

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カスピ海の水は塩水ですが、どこも一定の塩分濃度ではなく、北部はロシアの大河ボルガ川が流れ込んでいるため、浅くてほぼ淡水のようです。

 

北部は、浅いうえに気温が低く、塩分濃度も低いので冬は凍結します。

中央部はかなりの深さがあり、塩分濃度も高くなります。

特に、湖の東側は砂漠地帯なので川の流れ込みがなく塩分濃度が高くなっています。

ただし、塩分濃度は平均で海水の3分の1程度だそうで、日本でいえば海とつながった湖の浜名湖や中海などに近い環境のようです。

 

下の写真はカスピ海のものですが、青のりみたいのが生えており奥浜名湖のような感じですね。

 

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海だと、風が弱くてもうねりがありますが、湖なので風が弱い日は波は静かです。

湖岸の岩には、フジツボもついていないし、カニやイソギンチャクもいません。

 

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夏になると海水浴場も開きます。

アゼルバイジャンのような内陸国でも本当の

海があるみたいな感じです。

 

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昭和のいろいろ:過積載のダンプカー

昭和のころは、道路が今のように整備されてないところが多く、さらに高度成長の影響で工事関係の車両が多く走っていました。

 

その中でも特に迷惑だったのが、過積載のダンプカーでした。

 

荷台をかさ上げして、規定重量の2倍以上、もしかしたら3倍くらい土砂を積んで走っていました。

 

そのため、加速が悪く、スピードもせいぜい 40 km/s くらいで走っていました。

 

そのため、後ろには車の列ができましたが、真っ黒な排気ガスを出すので、窓を開けられませんでした。

 

最近では、片側 2 車線の道路も増えましたが、当時は国道でも片側 1 車線のところが多くて追い越しも難しくイライラさせられました。

 

バイパスが整備されてないところでは、市街地に乗り入れて商店街の中を走るので、真っ黒な排気ガスと渋滞で街道沿いの商店街も衰退していきました。

 

こういうダンプカーは白ナンバー」で「自家用」と書かれていました。

 

というのも、運送業者でなく土砂販売業者という名目のためでした。

 

運転手は個人事業主のため、企業のように整備がまともに行われず排気ガスだけでなく、踏切で立ち往生などの事故も多かったです。

 

現在では、白ナンバーのダンプカーもだいぶ減って道路も整備され走りやすくなりました。

 

聞いた話では、こういうダンプカー1台当たりの土砂の価格は、バブルのころから30年以上変わってないそうです。

 

その間に、ダンプカーの値段は大幅に上昇し、軽油も大幅に上がっているので、昔のように儲からなくなったようです。



昭和のいろいろ:プロレス

昭和の娯楽で人気だったのはプロ野球だけではありません。

 

今ではテレビで放送されることがなくなったプロレスも大人気でした。

 

最初は力道山が空手チョップアメリカ人のレスラーを倒していくのが大人気で、おばあさんがかじりつきでテレビを見ていました。

 

力道山はもともと相撲の出身で、さらに言えば北朝鮮の出身でしたが、当時は日本の代表みたいな感じでした。

 

その後、北朝鮮の切手のモデルになったそうです。

 

しかし、最後はヤクザとトラブルになり腹を刺されて死亡してしまいました。

 

力道山の死後、ジャイアント馬場が人気になりました。

 

ジャイアント馬場プロ野球選手出身だそうですが、怪我によりプロレスに転じました。

 

ジャイアント馬場は、2メートルを超える巨漢で、主要武器は16文キックや32文キックでした。

 

そして、ライバルはアメリカ人レスラーのザ・デストロイヤーでした。

 

ジャイアント馬場とともに人気だったのは、アントニオ猪木でした。

 

しかし、アントニオ猪木は後に「新日本プロレス」を作って馬場と離れていきます。

 

その後はジャンボ鶴田が人気になりましたが、ジャンボ鶴田以後は人気が下降していき、K1などが人気になってプロレスは衰退していきました。

 

昭和のいろいろ:国鉄から JR へ

国鉄が分割民営化されて JR になったのは 1987 年 (S.62 年) だそうです。

 

当時、国鉄は「親方日の丸」と呼ばれ、潰れることはないと言われていました。

 

しかし、地方にローカル線をたくさん作りすぎたことやストが頻発して大きな赤字になっていきました。

 

ついに、政府は国鉄を分割して民営化することを決めて実行しました。

 

民営化後は、赤字ローカル線第3セクター化などでつぎつぎ切り離されたり、3セク化できない路線は廃止されていきました。

 

特に北海道は国鉄時代にあったかなりの路線が廃止され、最近でも留萌本線日高本線の大部分が廃止されたり廃止予定です。

 

人口の多い関東地方では、廃止された路線はありませんが、足尾線が渡らせ渓谷鉄道になったり、鹿島線の水戸・鹿島サッカースタジアム間が鹿島臨海鉄道になりました。

 

JR になってからは、ストもなくなり利用者目線のサービスが行われるようになり、本当によくなったと思います。

 

国鉄から JR になったその朝、すべての電車に JR のマークが付けられたのには驚きました。

 

深夜に、JR マークを付けたんでしょうが、元国鉄職員がよくやったと思いました。

 

昭和のいろいろ:おばけ煙突

昭和38年ころまで、足立区・北千住そばに「千住火力発電所」というのがあって、そこに大きな煙突が 4 本立っていたそうです。

 

その煙突が、見る方角により 1 本から 4 本に見えたりすることから、おばけ煙突と呼ばれていました。

 

下の写真がお化け煙突ですが、4本から1本まで変わって見えていますね。

 

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おばけ煙突

 

こんな大きな発電所が、空襲で生き残ったのもすごいです。

 

自分が子供のころにはなくなっていたはずですが、近くを車で通ると「あそこにお化け煙突があった」とよく聞かされました。

 

もし、残っていたら名所になっていたかもしれません。